文才がない人のぶろぐ

思ったこと・興味あることを適当に書いています。

懐ゲーを観て、昔を思い出す

最近、youtubeで小学生の頃やっていたゲームをよく観ている。私の小学校時代は暗黒時代そのもので(性格に言えば幼稚園、保育園も同様です)、いじめられて、不登校、ほぼ孤立みたいな6年間だった。ストレスと元々の体の弱さもあり、病気が多かった。ちなみに卒業アルバムを見返したときに、顔が違いすぎて誰だか分からなかったくらい、自信がなく、覇気もなかった。

その頃の唯一の救いが、レースゲームとアクションゲームだった。特に影響を受けたのが風のクロノアシリーズだった。風のクロノアシリーズの特徴はクロノア異世界の救世主として召喚され、冒険をし、そして異世界を救うと強制的に自分のいた世界に戻らなければならないという特徴がある。(細かい設定はたくさんあるのだが、文才がないため説明できない、情けない)必ず別れが約束されている物語になっているのだ。

さてそんなクロノアシリーズの第2シリーズをよくやった。グラフィックも綺麗で、なんといっても世界観が好きだった。そのゲームの中に哀しみの国というステージがあり、その国は時間に関係なく夕暮れ時で、住人は誰もおらず(正確に言えば王がただ一人いる)、ただの廃墟が広がっている国であった。当時は自分の気持ちを説明すると哀しみのという感情に近いのではないかということ、そして誰からも理解されず孤立し、孤独に生きていくのかと思っていた。他人が持っている平均的な頭の良さ、運動神経に憧れ、自分が欠けている人間に思えた。また、そのゲームの主人公のクロノアみたく強く生きたいものだとも思っていた。

そんな思いは今でもそんなに変わっていない。今でも欠落している人間だと思っているし、人より体は弱い。ただあの頃の自分と違うことは自分の得意なことを見つけ、がむしゃらになれる自分を知っているかどうかだと思う。強くなれた自信はないが、少しは昔の憧れのクロノアに近づいた気はする今日この頃です。